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最高裁判所第三小法廷 平成5年(行ツ)15号 判決

上告人

市川一男

右訴訟代理人弁護士

奥川貴弥

高木裕康

被上告人

朝木明代

矢野穂積

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人らの請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。

理由

上告代理人奥川貴弥、同高木裕康の上告理由一ないし三について

一  原審が適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

東村山市は、市民の利用に供するテニスコート、少年野球場及びゲートボール場を設けるため、第一審判決別表第一の借用地欄記載の各土地(以下「本件各土地」という。)をその所有者らから提供を受けて確保することを企図し、そのため、右所有者らに対し、本件各土地の提供を受けた場合にはその固定資産税は非課税とする旨の見解を示し、また、本件各土地につき3.3平方メートル当たり一箇月五〇円の割合の金員を報償費として支払う旨を提案して協力を求め、その結果、右所有者らから右提案内容についての了解を得て本件各土地を借り受けた。

同市の市長であった上告人は、右の合意に従い、本件各土地につき、昭和六〇年度の固定資産税を賦課しない措置(以下「本件非課税措置」という。)を採り、その後、その徴収権が時効により消滅するに至った。

なお、通常の取引上本件各土地を建物所有以外の目的で貸借する場合の賃料額は、3.3平方メートル当たり一箇月五〇〇円ないし一三七三円であり、また、本件各土地に課される固定資産税は、3.3平方メートル当たりに換算すると一箇月一〇〇円ないし二〇〇円であって、本件各土地についての右賃料額は、右各固定資産税額及び右各報償費の合計額よりもはるかに高額なものとなる。

二  原審は、右の事実を前提として、次のとおり判示した。

1  本件において、同市は、本件各土地の所有者らに対し、土地の借受けの見返りとして右報償費を支払っているので、地方税法(以下「法」という。)三四八条二項ただし書及び東村山市税条例(昭和二五年条例第四号。以下「市税条例」という。)四〇条の六のいう「固定資産を有料で借り受けた」場合に当たり、上告人は、右各規定により、本件各土地に対し固定資産税を課すべき義務を負っているというべきである。

2  上告人は、法律上、固定資産税を課すべき義務を負っているのであるから、同市が、本件各土地所有者らに対し、固定資産税を課さない旨の見解を示して土地を借り受けたとしても、そのことにより本件非課税措置の違法性が阻却されるものではない。

3  地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく住民訴訟における損害額の算定に当たっては、普通地方公共団体の得た利益をもしんしゃくすべきであるが、右利益は、問題とされた財務会計上の行為と法律上対価関係にあり、かつ、相当因果関係にあることが必要であり、そのような関係にない事実上の利益はしんしゃくすべきではないところ、同市は、本件各土地の借受けによって、通常の賃貸借における賃料額から右報償費を差し引いた額相当の利益(差引利益)を得ていることは明らかであるが、右利益は事実上のものにすぎず、本件非課税措置とは法律上対価関係にはなく、また、相当因果関係もないので、これをしんしゃくすべきではない。したがって、同市は、本件各土地に対する固定資産税の合計額に相当する額の損害を被ったことになる。

三  原審の右判断のうち、1及び2は是認することができるが、3は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  法三四八条二項は、そのただし書において、固定資産を有料で借り受けた者がこれを同項各号所定の固定資産として使用する場合には、本文の規定にかかわらず、固定資産税を右固定資産の所有者に課することができるとしているところ、ここでいう「固定資産を有料で借り受けた」とは、通常の取引上固定資産の貸借の対価に相当する額に至らないとしても、その固定資産の使用に対する代償として金員が支払われているときには、これに当たるものというべきである。

また、市税条例四〇条の六にいう「固定資産を有料で借り受けた」も、これと同趣旨であると解すべきである。

ところで、同市が本件各土地の所有者らに対し、土地の借入れの見返りとして支払っている報償費の金額は、一律に3.3平方メートル当たり月額五〇円であり、これは、本件各土地を賃借した場合の賃料の一〇分の一以下であるけれども、面積に応じて報償費が支払われていること、前記の使用目的からみて本件各土地の所在場所等によってその利用価値に大きな差があるとは考えられないことからすると、報償費は土地使用の代償であって、同市が本件各土地を報償費を支払って借り受けたことは、「固定資産を有料で借り受けた」場合に当たると解すべきである。前記二の1のとおり原審の判断はこれと同旨であり、正当として是認することができ、この点につき原判決に所論の違法はない。上告理由一は採用することができない。

2  上告人が、法律上、固定資産税を課すべき義務を負っている以上、同市が、本件各土地所有者らに対し、固定資産税を課さない旨の見解を示して土地を借り受けたとしても、そのことにより本件非課税措置の違法性が阻却されるものではない。前記二の2のとおり原審の判断はこれと同旨であり、正当として是認することができ、この点につき原判決に所論の違法はない。上告理由二は採用することができない。

3  次に、本件非課税措置による損害の発生について検討する。

(一)  地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく住民訴訟において住民が代位行使する損害賠償請求権は、民法その他の私法上の損害賠償請求権と異なるところはないというべきであるから、損害の有無、その額については、損益相殺が問題になる場合はこれを行った上で確定すべきものである。したがって、財務会計上の行為により普通地方公共団体に損害が生じたとしても、他方、右行為の結果、その地方公共団体が利益を得、あるいは支出を免れることによって利得をしている場合、損益相殺の可否については、両者の間に相当因果関係があると認められる限りは、これを行うことができる。

(二)  本件においては、同市は、本件各土地を借り受けるに際し、土地所有者らに対し、各土地の固定資産税は非課税とする旨の見解を示し、通常の賃貸借における賃料額よりかなり低額の右報償費を支払うことを約束して貸借の合意に至っており、上告人は、これに従って本件非課税措置を採ったものである。しかし、前示のとおり、本件は固定資産税を非課税とすることができる場合ではないので、本件非課税措置は違法というべきであり、同市は、これにより右税額相当の損害を受けたものというべきである。しかしながら、同市は、同時に、本来なら支払わなければならない土地使用の対価の支払を免れたものであり、右対価の額から右報償費を差し引いた額相当の利益を得ていることも明らかである。そして、上告人が本件非課税措置を採らずに固定資産税を賦課した場合には、それでもなお本件各土地の所有者らが本件のような低額の金員を代償として土地の使用を許諾したはずであるという事情は認定されていないので、前記の原審認定事実によれば、同市があくまでも本件各土地の借受けを希望するときは、土地使用の対価として、近隣の相場に従った額又はそれに近い額の賃料を支払う必要が生じたことは、見やすいところであり、その額が固定資産税相当額に右報償費相当額を加えた額以上の金額になることは、前記の原審の認定する各金額の差から明らかである。

したがって、上告人が本件非課税措置を採ったことによる同市の損害と、右措置を採らなかった場合に必要とされる本件各土地の使用の対価の支払をすることを免れたという同市が得た前記の差引利益とは、対価関係があり、また、相当因果関係があるというべきであるから、両者は損益相殺の対象となるものというべきである。そうであれば、後者の額は前者の額を下回るものではないから、同市においては、結局、上告人が本件非課税措置を採ったことによる損害はなかったということになる。

(三)  以上によれば、上告人が本件非課税措置を採ったことにより同市が固定資産税相当額の損害を被ったとする原判決及び第一審判決は、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。この点の論旨は理由があり、その余の上告理由につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、第一審判決は取り消されるべきであり、右判示するところによれば、被上告人らの本訴請求は、理由がなく、棄却されるべきものである。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大野正男 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信)

上告代理人奥川貴弥、同高木裕康の上告理由

原判決には、以下述べるとおり、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。

一 「有利」の意味

1 理由の骨子

本件では、上告人は、地方税法三四八条二項一号に掲げる固定資産である本件各土地を借り受けるに際し、各土地所有者に対し、3.3平方メートル当たり一か月五〇円の割合による報償費を支払っていた。そしてこの報償費の額は、本件各固定資産税の額より低額である。

これに関し、原審は、「『固定資産を有料で借り受けた』(同項ただし書及び東村山市税条例四〇条の六)というには、固定資産の貸借と関連して、借主が貸主に一定の金員を支払う旨の合意が成立し、その合意に基づく債務の履行として金員を支払うべき関係があることをもって足り、右金員の額が取引上その固定資産の貸借の対価に相当する額に至らないものであっても、それが社会通念上無視し得る程度に少額である場合を除き、なお有料で借り受けた場合に当たると解するのが相当である。」として、「本件各土地の借受けは固定資産税を有料で借り受けた場合に当たる」と判断した。

しかし、「固定資産を有料で借り受けた」とは、固定資産を、それに課せられる固定資産税額より高額の使用料をもって借り受けた場合をいうものであり、仮にそうでないとしても有償契約に基づいて借り受けた場合をいうものであるから、原審は地方税法三四八条二項および東村山市税条例四〇条の六の解釈を誤るものである。そして、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

以下、原判決が右各条項の解釈を誤っている所以を詳述する。

2 地方税法三四八条二項ただし書きにおいて「固定資産を有料で借り受けた者が固定資産を同項に定める固定資産として使用する場合においては、固定資産税を所有者に課することができる」としているのは、この場合には所有者の負担能力について特別の配慮をする必要がないからである(自治省固定資産税課・固定資産税逐条解説八二ページ、現代地方自治全集二〇地方税各論Ⅱ七二ページ)。敷桁すれば、所有者が固定資産を貸し付けることによって使用料を得ている場合には、その使用料をもって固定資産税等を負担することができるので、所有者に固定資産税等を負担させても所有者に特別の不利益を課すことにはならないからである。したがって、ここにいう「有料で借り受けた」とは、当該所有者が固定資産税等を負担するに足るだけの使用料すなわち固定資産税等より高額の使用料を支払って借り受けた場合を意味すると解すべきである。

仮に、所有者が固定資産税等の額より低額の使用料しか得ていない場合に固定資産税等を課したとすると、その収入をもって固定資産税等を賄うことはできないのであるから、所有者はその所有資産を公共目的のために提供したにもかかわらず、金銭的に赤字を出すことになる。これではまことに不合理と言うほかはない。この点は、所有者が全く使用料を得ていない場合と何ら変わりない。すなわち、所有者が固定資産税等の額より低額の使用料しか得ていない場合は、全く使用料を得ていない場合と同様に、「所有者の負担能力について特別の配慮をする必要がない」とはいえず、固定資産税等を課すことはできないと解すべきである。言い換えれば、地方税法三四八条二項ただし書・条例四〇条の六にいう「有料で借り受けた」とは、固定資産をその固定資産に課すべき固定資産税の額より高額で借り受けた場合のみを指すと解すべきである。

3 仮に、前項で述べた如く、地方税法・条例にいう「有料」が固定資産税等より高額な金額を意味するとは解されないとしても、民法上の有償契約の「有償」と同義に解するべきである。

2で述べたとおり、地方税法三四八条二項ただし書きにおいて「固定資産を有料で借り受けた者が固定資産を同項に定める固定資産として使用する場合においては、固定資産税を所有者に課することができる」としているのは、要するに、この場合には、その使用料をもって固定資産税等を負担することができるので、所有者に固定資産税等を負担させても所有者に特別の不利益を課すことにはならないからである。とすれば、ここにいう「有料で借り受けた」とは、当該所有者がその所有資産を公共目的のために提供しているにもかかわらず、なお固定資産税等を課しても不利益と認められないような場合つまり民法上有償契約(賃貸借契約)といえる使用の対価を得ている場合を意味すると解すべきである。

本件においては、本件各土地の使用に関し土地所有者に支払っている報償費は坪当たり月額五〇円であり、周辺の賃貸地の賃貸料と比較すると格段に低額であり、しかも本件各土地の固定資産税の額より低額である。このような場合は、その貸借関係は使用貸借(無償契約)と解される。

二 違法性の阻却〈省略〉

三 損害の不発生について

1 理由の骨子

本件では、原審は、「上告人は本件各土地を借り受けるに際し、各土地所有者に対し、通常の賃料額よりかなり低額(固定資産税より低額)の報償費を支払うことを約束し、各土地の固定資産税は非課税となる旨の見解を示し、その後これを徴収しなかったものであり(以下この事実を「本件怠る事実」という。)、東村山市は通常の賃料額から報償費を差し引いた額相当の利益(以下「本件利益」という。)を得ていることは明らかである。」と認定した。

ところが、原審は、「地方自治法二四二条の二第一項四号により、地方公共団体に代位して職員等に対し違法な行為又は怠る事実に基づく損害賠償の請求がなされた場合、損害額の算定にあたっては、地方公共団体の得た利益も斟酌すべきであるが、右利益は当該行為又は怠る事実と法律上対価関係にあり、かつ相当因果関係にあることを必要とすべく、右のような関係にない事実上の利益はこれを斟酌すべきものではない。」ことを前提に、「東村山市による前記の利益の取得は事実上のものに過ぎず、法律上固定資産税の徴収をしないことと対価関係にないし、また対価関係に立たせるべきものでもなく、相当因果関係もないというべきであるから、これを斟酌すべきではない。」として、損害額の算定にあたり、本件怠る事実による損失(以下「本件損失」という。)から本件利益を控除しなかった。しかし、地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「損害賠償の請求」における「損害」の解釈上、本件利益を本件損失から当然控除すべきであり、原判決は右条項の解釈を誤るものである。そして、この誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかである。

以下、原判決が右条項の解釈を誤っている所以を詳述する。

2 利益を損失から控除すべき根拠

原審もいうように、地方自治法二四二条の二第一項四号により、地方公共団体に代位して職員等に対し違法な行為又は怠る事実に基づく損害賠償の請求がなされた場合、損害額の算定にあたっては、地方公共団体の得た利益も斟酌すべきである。このことは、御庁の判例(最判昭五五・二・二二 判例時報九六二・五〇)も宣言するところであり、異論はないと思われる。

右の考え方は、「損害の公平な分担」という損害賠償制度(債務不履行・不法行為)を貫く指導原理に由来するものであることは明らかである。そもそも、地方自治法二四二条の二第一項四号に定める、住民が地方公共団体に代位して行う職員等に対する損害賠償請求は、地方公共団体の職員等に対する損害賠償請求権を住民が地方公共団体に代わって行使するものである。したがって、この場合の損害の算定の方法は、地方公共団体が職員に対して行う債務不履行または不法行為に基づく損害賠償請求の場合と同様である。債務不履行および不法行為の損害賠償制度においては、「損害の公平な分担」という指導理念からの当然の帰結として「損益相殺」の制度が認められており、賠償権利者が損害を被ると同時に何らかの利益を得るか、または出費を免れた場合は、損害額の算定の際にこの利益を控除することによって賠償額が調整されているのである。原審のいう前記の考え方が、「損益相殺」と同一のものか、またはこれと類似する別の考え方かは明らかではないが、少なくとも損害賠償制度に共通の「損害の公平な分担」という指導理念に由来するものであることは明らかである。

したがって、右の考え方において、損害額の算定に関し、いかなる利益を斟酌すべきかは、「損益相殺」の制度を参考に、最終的には「損害の公平な分担」という観点から決せられるべきである。

3 「法律上対価関係」という要件について

原審は、地方公共団体の損失から差し引くべき利益は、当該行為又は怠る事実と法律上対価関係にあることが必要であると判示している。しかし、当事者の公平を実現するには、原審のごとき限定を付することは有害である。現に、共通の思想に立脚する「損益相殺」の議論においても、不法行為等と利益の間に相当因果関係があれば足りるとされており、法律上対価関係まで必要であるとは考えられていない。実際、不法行為等の損害の算定にあたり、損失の額から、当該行為と法律上対価関係にない利益を控除すべき場合は多い。

例えば、生命侵害における逸失利益を算定するにあたり、被害者の生活費は当然に控除される。しかし、被害者の生活費は、不法行為等の侵害行為と法律上対価関係があるとは到底いえない。

また、同じ論点にかかる御庁の前記判決(最判五五・二・二二)は、「国立町は地方債を起こし資金を調達したとしても利息等の費用の負担を余儀なくされるのであるから、本件利息額の全額を国立町が受けた損害と解すべきではなく、地方債の発行に伴い国立町が通常負担するであろう利息等の費用に相当する額は、損害にあたらないものと解するのが相当である。」と判示しているが、地方公共団体が違法に金融機関から借入れをした行為と地方債の発行に伴なう利息とは、法律上対価関係にあるとは到底いえない。

以上により、地方自治法二四二条の二第一項四号により、地方公共団体に代位して職員等に対し損害賠償の請求がなされた場合に、損害額の算定にあたって、損失から控除すべき地方公共団体の得た利益は、当該行為又は怠る事実と相当因果関係があれば足り、法律上対価関係まで必要ないと解するべきである。

原審が「法律上対価関係」という要件を掲げる趣旨は必ずしも明らかではないが、「保険契約に基づいて給付される保険金は、すでに払い込んだ保険料の対価の性質を有し、もともと不法行為の原因と関係なく支払われるべきものであるから、たまたま本件事故のように不法行為により被保険者が死亡したためにその相続人のため原告両名に保険金の給付がなされたとしても、これを不法行為による損害賠償額から控除すべきいわれはないと解するのが相当である」とした御庁昭三九・九・二五判決(民集一八・七・一五二八)の趣旨を誤解するものと推測する。

なお、百歩譲って「法律的対価関係」という要件が必要であるとしても、本件においては、東村山市が本件固定資産税が非課税であることを約したからこそ、本件各土地の借受けができたのであり、すなわち本件固定資産税の非課税は報償費と併せて、土地使用の反対給付となっていたのであるから、「法律上対価関係」はあるというべきである。ちなみに、「対価」とは、個々の契約による財産の移転またはサービスの提供に対する反対給付の価額と定義されている(学陽書房 法令用語辞典)。

4 相当因果関係

本件怠る事実と本件利益との間に相当因果関係があることは明らかである。以下、その理由を詳述する。

(一) 非課税措置と土地使用の密接な牽連関係

本件各土地の所有者がわずかの報償費を受領することによって本件各土地を東村山市に提供したのは、わずかの報償費を受領しても非課税の扱いがなされると考えたからである。もし、本件各土地について東村山市が非課税の扱いをしていなければ、払うべき固定資産税が報償費の額を上回って赤字となるのであるから、各所有者は本件各土地の貸付けに応じなかったはずである。すなわち、東村山市は、非課税の扱いをしたからこそ本件各土地を使用できたのであり、非課税措置と本件各土地を使用できたこととは密接な牽連関係がある。

(二) 民法四一六条からの帰結

損害から控除されるべき利益の範囲の問題は、損害賠償において賠償されるべき損害の範囲の問題であるから、ここで論ずる「相当因果関係」は損害賠償において賠償されるべき損害の範囲を決定する際の相当因果関係と同様に考えてよいはずである。したがって、不法行為等と利益との相当因果関係の有無は、民法四一六条に定めた基準によって判断されるべきである。

民法四一六条一項は、行為から通常生ずべきものに相当因果関係を認めている。本件怠る事実と本件利益の間には、前述の密接な牽連関係があるのであるから、同項の基準からすれば相当因果関係がある。また、同条二項は、特別事情によって生じたものでも当事者がその事情を予見しまたは予見することができるときは相当因果関係を認めている。同項の基準からしても、東村山市、上告人および土地所有者のいずれもが、東村山市が本件土地を使用することを了解していたのであるから、本件怠る事実と本件利益の間には相当因果関係が認められる。

(三) 利益について他の要因の関与のないこと

損益相殺の議論において、不法行為や債務不履行に起因しているがそこに別な要因(例えば保険契約や法律)が関与している利益について、控除対象となるか否か争いがあるものがある。例えば、人身損害の場合の各種の保険金や公的給付であるが、これらは、「すでに払い込んだ保険料の対価の性質を有し、もともと不法行為の原因と関係なく支払われるものであるから」という理由で、損益相殺の控除対象からはずされている。

しかし、本件利益は、まさに本件怠る事実そのものに起因するものである。他の法律に起因するものでもなく、また、東村山市の他の出捐や契約に起因するものでもない。したがって、本件利益を控除対象からはずす理由はない。

以上、(一)ないし(三)および後述5(損害の公平な分担の見地からの検討)から、本件固定資産税の非課税と東村山市が得た利益の間に相当因果関係があることは明らかである。

5 損害の公平な分担の見地からの検討

損害の公平な分担の見地から見れば、本件利益が本件損失から控除されるべきことは明白である。以下、詳述する。

(一) 東村山市の一般会計における実質上の損得

本件において、賠償権利者の立場にある東村山市は、本件固定資産税相当額の収入を失ったが、代わりに、本件利益(本件土地の通常の賃料額から報償費を差し引いた額相当の利益)を得た。本件固定資産税は本来東村山市の一般会計の収入に組み入れられるべきものであり、他方、本件土地を通常に賃借した場合の賃料は右一般会計の支出となるべきものである。すなわち、本件損失と本件利益は、いずれもその一般会計内における損失と利益である。そして、本件固定資産税の額は、通常の賃料額から報償費を差し引いた額より低額である。したがって、東村山市の一般会計全体についてみれば、東村山市に実質的に損害はない。

(二) 損害賠償が認容された場合の東村山市の不当利得

万一、本件損害賠償請求が認容されると、東村山市は、本件利益を、何らの対価もなく取得したことになる。本件利益は、本件土地所有者の錯誤すなわち報償費の支払いを受けて土地を貸し渡しても固定資産税の非課税措置が受けられるという錯誤を寄貨として、東村山市が取得したものであり、不当利得である。そして、万一本件損害賠償請求が認容されると、東村山市は、この不当利得を永久に保持する結果となるのである。

このような事態は回避されるべきである。

(三) 本件非課税の目的とその効果

上告人が本件固定資産税の非課税措置および報償費の支払いによる本件各土地の借受けを行ったのは、東村山市のためであり、上告人自身の私利のためではない。すなわち、東村山市は、昭和四九年一〇月一〇日(体育の日)にスポーツ都市宣言をし、市民が手軽に利用できるゲートボール場、少年野球場、テニスコート等のスポーツ施設の拡充に努めてきたところであるが、都市化の進行による人口増加および地価の高騰により近年充分なスポーツ施設用地の確保が困難となっていたことから、本件各土地所有者の協力を得て、前記の取扱いによる用地の確保を行ったものである。

この取扱いは、東村山市のために行われたものであり、そして東村山市はこの取扱いにより低価でスポーツ施設用地を利用できるという恩恵を享受したのである。他方、上告人はこの取扱いにより何の利益も得ていない。

かような本件非課税の目的とその効果に鑑みれば、本件非課税に起因する東村山市の形式的な損失を、これにより恩恵を受けた東村山市が、東村山市の利益のために行動した上告人に対し請求することは妥当ではない。

(四) 本件損害賠償請求が上告人に与える打撃

万一本件損害賠償請求が認容されると、上告人は、公益のためにのみ行為し実際に東村山市民のスポーツ施設用地確保に成功したにもかかわらず、本件固定資産税相当額約一二〇〇万円を上告人の私財から支払わなければならなくなる。本訴では、昭和六〇年度の固定資産税分が請求されているのであるが、この先本件に関する取扱いを改めた平成元年度分まで損害賠償の義務を負うことになれば(現に昭和六一年度の固定資産税一三〇四万四五八八円については、本件と同様の上告人に対する損害賠償請求住民訴訟が東京地方裁判所民事第三部に係属している。平成四年(行ウ)第一一〇号事件)、合計で五千万円近くの支払いを余儀なくされる。こうなれば、上告人自身経済的破綻の虞れなしとしない。

このような事態は、東村山市が同額の不当利得を永久に保持するのと比較し、あまりにも不均衡である。

(五) 遡及的な賦課徴収をした場合の東村山市の不利益

原審は、本件固定資産税を遡及的にでも賦課徴収すべきであったかの如き判示をしているが、仮にこれを行えば、違法行為の是正はできたとしても、東村山市が甚大な損害を被る可能性が高い。

すなわち、仮に本件固定資産税を遡及的に賦課徴収したとすると、本件各土地所有者としては予想外の赤字を強いられることになるから、この是正のために東村山市し対し錯誤に基づく不当利得返還請求または不当行為に基づく損害賠償請求を行うものと予想される。この場合、東村山市が本件各土地所有者に支払うべき額は、本件各土地の通常の賃料額から報償費を控除した額と考えられる。とすると、東村山市は、本件固定資産税の賦課徴収を行った場合、かえって損失を被ることになるのである。

上告人は、この点および第二項4で述べた土地所有者の不利益をも考慮に入れ熟慮に熟慮を重ねて本件固定資産税の遡及的な徴収を断念しているのである。このように東村山市の利益を考えて行動している上告人に対して、その恩恵を被っている東村山市の損害賠償請求権が認容されることは、不公平の極みである。

(六) 議会における予算・決算の承認

本件において行われた取扱いは、予算および決算の両局面において、議会の承認を得ている。すなわち、本件において、本件固定資産税は予算・決算のいずれにおいても収入の部に算入されていないし、また本件各土地所有者に対し支払われた報償費は予算・決算のいずれにおいても支出の部に掲げられており、そしてこれらはすべて議会の承認を経ているのである。この点では、本件固定資産税が賦課徴収されていた場合と権衡を失していないのである。

(七) 「相殺」の可否とは無関係であること

固定資産税を含む地方団体の徴収金と地方団体に対する金銭債権とは法律による別段の規定がある場合を除き、相殺することができない(地方税法二〇条の九)が、このことは、本件利益を本件損失から控除しない理由とはならない。

損益相殺の考え方は、損害の公平分担の理念に基づくものであり、相殺(民法五〇五条)ができるか否かとは関係がないからである。現に、不法行為による債務についてはその債務者は相殺を主張することができないとされているところ(民法五〇九条)、損益相殺は不法行為による債務の場合にも通常認められている。よって、相殺ができないことを理由に、本件利益の控除を否定してはならない。

(八) 義務違反の程度と無関係であること

本件において、仮に上告人が犯した義務違反がどんなに重大であっても、損害の算定において、本件利益を控除しない理由とはならない。なぜなら損害賠償制度における義務違反の程度と損害の算定とは別物だからである。不法行為(民法七〇九条)や債務不履行行為(民法四一五条)に該当することを行うべきでないことは当然である。しかし、それらに該当する行為が行われてしまった後に、賠償すべき損害額を算定するにあたっては、その行為がどんなに非難すべき行為であっても、損益相殺は認められているのである。例えば、故意による生命侵害(殺人)の場合に逸失利益の算定をするときには、生存したならば得られたであろう利益から、生存中要する生活費を損益相殺として当然控除するのである。故意による生命侵害と過失による生命侵害とで算定の仕方が異なるわけではない。これと同様のことが本件でも当てはまる。

よって、上告人の義務違反の程度が仮に大きいとしても、それを東村山市が得た利益の損失からの控除を否定する理由としてはならない。

以上(一)ないし(八)より、損害の公平な分担という観点から見れば、本件利益を本件損失から控除すべきことは明らかである。

6 最判昭五五・二・二二に対する判例違背

(一) 最判昭五五・二・二二のケース

(1) 右判決の事案は大要、次のとおりである。

東京都北多摩郡国立町(当時、現国立市)において、町長である被告は昭和三八年三月訴外会社から将来公共用地とするため砂利採取跡の農地を買い受けたが、町条例の定める議会の議決を経ていなかったので、議会の議決を経たときに正式に町との契約が成立するものとし、被告個人名の売買契約を締結していた。ところで被告は同年六・七月頃訴外会社から埋土の費用が余分にかかることを理由に地価の値上げをするよう申し出があった際、これに同意した。被告は右買収について議会の議決を求めるに先立ち同年七月末、町議会議員の全員協議会を開催し、値上げした価格のみを示して説明し賛成を得、ついで同年一〇月一日買収についての議案を提出し、即日町議会の議決を経た。これにより、訴外会社との売買契約は右の値上げ後の価格をもって正式に成立した。しかし、その際、買収代金が当初の契約より値上がりした事情およびすでに代金の一部が支払ずみであることの説明をしなかった。右の議案の内容は、公共用地の買収、埋立工事およびこのための予算外義務負担をするというものであり、契約締結の時期は昭和三八年度、支払の時期は昭和三九年度、引当財源は一般歳入となっていた。

被告は、訴外会社に対して買収代金の支払をするために昭和三八年三月から一二月までの間信用金庫から総額一億二、三八四万五、〇〇〇円の金員を日歩二銭三厘の利息で借り受け(右議決前においては被告個人、議決後は町名義で)訴外会社に支払をした。被告個人名義の借入れは同年一一月町名義に切り替えられ、町において訴外会社に支払がされたような形式がとられたうえ、これら借入金の借入時期から昭和四二年三月までの利息合計三、四六五万七、四七七円はすべて町が支払った。

(2) 右の事案において、原告側が「被告のした本件借入れは、地方債でも一時借入金でもないことが明白であるから違法であり、したがって、この借入れに対する利息の支払も違法で、同町は、支払利息相当額の損害を受けた。」として、町長に対して損害の賠償を求めたのに対し、右判決は、「国立町が地方債を起こし資金を調達したとしても利息等の費用の負担を余儀なくされるのであるから、本件利息額の全額を国立町が受けた損害と解すべきではなく、地方債の発行に伴い国立町が通常負担するであろう利息等の費用に相当する額は、損害にあたらないものと解するのが相当である。」と判示した。

すなわち、右判決は、損害の算定にあたり、町長が違法借入により負担、支出した利息の合計額から、町が地方債を起こした場合に負担すべき利息を控除するべきである旨判示したわけである。

(二) 本件との比較

右判決の違法行為(違法借入れ)と控除すべき利息との関係を検討するに、①控除すべき利息は、違法借入れとは全く別個の行為である地方債の起債という行為によって発生するものであり、②地方債を起債するには町議会の議決および都知事の許可を要するから、違法借入れがなかった場合に地方債を起債し得たかは不確定なのである。

これと比較し、本件怠る事実と本件利益との関係を見ると、本件利益はまさに本件怠る事実そのものによって得られたものである(現に、東村山市と本件各土地所有者との間の土地使用契約には固定資産税を「減免」する旨明記されている。)(なお、この点が事実と認められることは前述のとおりである。)。すなわち、固定資産税の非課税は、報償費と併せて、土地使用の反対給付となっていたのであり、本件怠る事実と本件利益の間には明らかに密接な牽連関係があったのである。

右判決における違法行為と損失から控除すべき利息との関係と比較すれば、本件怠る事実と本件利益との関係ははるかに緊密である。したがって、本件利益が本件損失から控除さるべきことは明らかである。原判決は、右判決に対する判例違背というべきである。

ちなみに、右判決の事案においては、町長が議会の議決も経ずに個人の資格で土地売買契約を締結し、かつ、借入れも行ったというのである。右判決は、このように違法性の程度の高い場合においても損益相殺またはこれと類似する手法を認容しているのである。この点からも、本件において、本件損失から本件利益を控除してしかるべきである。

四 故意または重過失〈省略〉

五 課税に関する上告人の裁量権〈省略〉

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